日本のモータリゼーションを作った明治の男の物語/島津楢蔵、山口銀三郎 ・初めてエンジンが回ったその時

 

初めてエンジンが回ったその時

 日本で初めて製作されたガソリンエンジンは、2サイクル空冷単気筒だった。父親が番頭を務める貴金属加工業「丹金」の工場の一角ではじめた島津モーター研究所なる、恐らく狭いスペースの小さな作業台の上が誕生の場であった。

 4月に勤めはじめたばかりの豊田織機をわずか5ヶ月で辞した兄・楢蔵が主導し、弟・銀三郎がそれを手伝う形で始めた本邦初のガソリンエンジン作りは、その年の暮れに実を結ぶ。それまでの熱心な研究があったとはいえ、鋳造や加工を伴う周囲の誰も経験したことのない作業を、わずか3ヶ月ほどで仕上げてみせたということになる。

 銀三郎はまだ学生であったため、記念すべき初の試運転はどうやら楢蔵ひとりで行われたようだ。その時の興奮を記した回顧録。学校から帰った銀三郎は、さぞや悔しがったことだろうが、それ以上にもう一度まわしてみせてとねだる弟と、得意げに披露してみせる兄の様子が目に浮かぶ。兄弟は、晩年までとても仲がよかった。

 時に明治41年、島津楢蔵20歳、銀三郎14歳の冬のことである。


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“狂奮”

希望に燃え希望に悩んだ半疑の試し

青い焔を吐きつゝとぎれとぎれの

爆音たてゝ

処女作のエンヂンが産声を挙げた一瞬

全身の血潮は過熱して沸騰したのか

常態を失して、もう大地に足が着かない

廻った廻ったと独言を繰り返しつゝ

自身が廻転するように

門外へ飛出し、飛出しては戻るのであった

嬉しいのではない、初めて味わう驚愕だ

狂奮が90%で欣びが10%位

不可能の境地から可能の世界へ

飛び込んだ気持

これを為した者のみ味う

大自然の賜であろう


「モーターサイクル」島津楢蔵著 大阪軽自動車協会・昭和28年3月15日刊より

日本のモータリゼーションを作った明治の男の物語/島津楢蔵、山口銀三郎